16通[花火はなび! 〆切しめきり!]→
e0000377_23205681.jpg

永遠とは何か。
写真とはある種の永遠ではないのか。
あの紙きれに内包された瞬間は永久となるのではないか。
輝いた一瞬を、素直な視線で捕えて放さないわけなのだから。
写真の中に閉じ込められた物語は、いつまでも動かずそこに在る。
写真の外に、つまりは我々の中に刻まれた物語は、忘却という作用により劣化してゆく。
確かに写真も劣化するが、違う、それとこれとは。写真はいくらでも複製が利く可能性が高いからだ。
一方、記憶や思い出といったものには、コピーも何も最初から存在しない、存在できない。
人間自体が久遠でないのと同様に、それらもまた、忘れられ、失われてしまうであろう。
写真、正確にはその枠の内に封印された時間とは、無限を生きてゆくのだ。
『外部の物語』が無くとも、写真の全ては、ある種の伝達方法を有している。
だからこそ人は、他者、なんの関わりのない人々の写真を見ても、微笑むことが出来るのだ。
被写体が人々の場合だけではない。それが動物であれ、景色であれ、永遠の最中に完結する。
それは恐らく、見た者が擬似的な『外部の物語』を作り出し、補っているからであろう。
我々の想像力が、創造力が、永遠を、永久を作り出す。
だがそのような永久にも、勝てない真理がある。それが『刹那』だ。
刹那には、スリルがある。流れてゆくことが美しく、止まるものは唯濁り逝くのみ。
まるで水のような、形を常に変えてゆくもの。手に触れたくとも触れられず、捕えられない存在。
やはり人は、手に入れられないものを欲する。それは『永遠』であったり『刹那』であったり。
『人が求めるもの』とは、もしかしたら、すべてがすべて、似たようなものなのかもしれない。


思考実験でした。
ネタは朝、一限を仕事でサボりつつの姉御さんとの会話と、地元の花火大会。
素敵だと思います、はい。しかし花火を写すのは矛盾しているような気がしなくも…。


>>ししゃもの楽園[→side:S→]
聞かないでくれ、探してくれ、いいな。
つか今日の現文が朝夜ロマンだったような…。
泣きながら生まれてくるのは、この世があまりにもあまりだからだ、みたいなことを、誰か偉い人が言ってた気がする。
まあ実際デンはキス様だから、仕方ないよ、だって以下の証言は何者かに消されちまいました。
つーかそれは稚魚か、つか肩ってどこなんだよししゃも。
ねえパパー?
[PR]
by forWAM | 2007-07-26 23:20 | DAYs --日々徒然
<< 35通[夏休みって忙しいのね…]→ 1通[すなわちこの日記なのですが]→ >>